こんにちは。
最初に岩瀬先生のご自宅を尋ねたときは人気が無く、空き家だと思った。
それにしては屋敷の中が雑草で荒れた様子もなく、植木もそれなりに手入れされているようだ。インターホンの電源も来ている。
諦めて帰ろうかと思ったとき、ふと、お隣さんなら何らかの情報を知っているかもしれないと思い、玄関のブザーを押した。
しばらくして、
「はい。」
男性の声がした。
「わたくし、西尾でガラス美術館をやっております神谷と申しますが、お隣の岩瀬先生のことで少々お尋ねしたいのですが。岩瀬先生は私の恩師なのです。」
程なく40代くらいの男性が出てきた。
ガラス美術館のことを知っていて下さったらしく、私をいぶかしがるわけでもなく好意的に接して下さった。
男性によると、岩瀬先生が亡くなってからしばらくして奥さんも亡くなり、ご両親がいなくなってしまったので、息子さんは豊田市に引っ越されたという。こちらの家には3~4ヶ月に一回くらいの割合で来られるそうだ。でも、いつ来るかや、連絡先は分からないという。
何も持たずに来た僕は、あらためて岩瀬先生のご家族に宛てた手紙を書こうと思い、出直すことにした。
それから1週間後の昨日、僕はご家族に宛てた手紙を書いた。なぜ、岩瀬先生をお参りしたいのかを記した手紙を。
今回はカミさんも行きたいというので一緒に先生のご自宅まで行った。 そして郵便受けに「岩瀬先生のご家族様」と記した手紙を投函した。
そしてご家族が来られたときに知らせてもらえるように、またお隣さんのブザーを押した。
「はい。」
今度は若い女性の声だ。多分奥さんの声だろう。
「少々お待ち下さい・・。」
しばらくして出てきたのは年配で貫禄ある70代とみられる男性だった。前回出てきた男性はきっとこの人の息子さんだろう。
事情を話すと、「滅多に帰ってはこられんよ。・・3ヶ月に1回? そんなにはみえんなぁ。それにここには多分何も置いてないよ。きっと仏壇も。」
息子さんとはちょっと話が違う。
とにかく帰ってこられたら僕に一報をもらえないかと僕の名刺を手渡した。
ご主人、ちょっと考えてから、
「おーい、そう言えば岩瀬さん、何かあったら知らせてくれって電話番号を書いて行かしたかなー!」
誰かに話しかけている。
しばらくすると「あった、あった!」と言いながら、気のよさそうなおばさんが出てきた。多分このご主人の奥さんだろう。
僕は奥さんにアルバム写真を見せて、「この先生ですよね?」と念を押した。
「そうそう。 岩瀬先生ねぇ、癌で亡くなられたんよ。」
癌だったんだ・・。
「先生が亡くなられてからしばらくして奥さんも亡くなりはってねぇ・・。息子さんが二人おらっせるけど、お二人とも立派に育てられたんよ。」
「お母さんが亡くなってから豊田市に家を移されたわ。 ここにはたまに草取りをしにみえるがね。」
息子さんは二人兄弟で、お兄さんは県内の有名な総合病院に勤務する医師に、弟さんは薬剤師になられたそうだ。
岩瀬先生、さぞや嬉しかったことだろう・・。
おばさんはお兄さんの電話番号を教えてくれた。
それにしても岩瀬先生のご自宅は僕の通っていた高校の目と鼻の先だった。
僕は雨の降った日など、電車通学を時々したが、先生の家は駅から学校までの道沿いにあった。僕は電車通学するたびに先生の家の前を通っていたのだ。
何という皮肉だろう。
電話番号まで教えてもらって大収穫だったが、カミさんは、
「こちらの思いだけで電話しちゃって迷惑にならないかしら・・。」
そんなこと、考えも及ばなかったが、どうしたものだろう・・。
しばらく考えてみようかしら・・・。