こんにちは。
アイシンで培った機械設計のノウハウはおそらくどこへ行っても通用する一流のものだ。深谷さんの神経質なくらい考え抜かれた設計センスだけでなく、アイシン城山が積み上げてきた技術の蓄積もしっかりしたものだったからだ。
それに比べるとK工機で作る機械は簡素なものだった。もの足らないくらいシンプルで、これで精度が出せるのか?と思うくらい頼りなく見えたのだ。それはコストを追求した結果もたらされたものなのだろうが。
ある日、山口さんの席に何人か集まっていた。
山口さんの製図板には図面が貼られ、それをK工機の依頼者KBさん、そしてメイテックの後輩2人が見物している格好だった。
(イメージ)
僕がそこを通りかかったとき、後輩の一人が
「神谷先輩、この図面のこの部分、何かいいやり方ないでしょうか?」と、声をかけてきた。
僕は、なんだい?アドバイスが欲しいのか?しょうがないなあ、とばかりちょっとおっくうなふりをしながらも図面を見てやる。
山口さんの書いた図面は細かな配慮に乏しいものだった。山口さんは胸の前で右腕を曲げて右手親指と人差し指で自分のあごを持ち、左手は右手の肘を支えている。困った顔をして図面を見つめているが、いいアイデアが浮かんでこないようだ。
山口さんにライバル心をむき出しにしていた僕は、
「僕だったらこのシリンダーを短くして代わりにジョイントで・・・・そうすればここにクリアランスが出来てワークが通るよ。」
二人の後輩がスゲーという顔をしている。担当のKBさんも「いいですねぇ、その方法。」と言ってくれた。当の山口さんは唇をかみしめ、首を小さく縦に振りながらも、面白くない様子で目を泳がせている。
もうひと腐れ言ってやろうと思った僕は、
「ついでに言うと、この部分、じきにボルトがゆるんで機械にがたが出てくるよ。それから基準がこんな所じゃ肝心な精度が出ないじゃないか。こんな設計してたらダメだよ。」
僕はたたみかけるように幾つも不具合箇所を見つけてはイヤミっぽく指摘した。あの深谷さんばりに。
後輩二人はどうしようかというような表情で、
「そう・・、で・す・・よね・・。」と言葉に困った様子で答える。当の山口さんは相変わらず図面を見たまま。
気がつくと担当者のKBさんが顔を赤らめて小刻みに震えている。後輩二人もKBさんと僕を交互に見ている。
僕はとっさに理解した。
山口さんの製図板に貼られていた図面はKBさんが描いたものだったのだ。それを途中で山口さんが引き継いだのだ。
なんと言うことでしょう。
僕はKBさんの図面を設計が悪いだのセンスが無いだのと酷評していたのだ。こういう勘違いは、ねたみやそねみにさいなまれた心に往々にして起こるものだ。
KBさんはK工機の設計室の中でも温厚で優しい、僕と同い年くらいの男性で、普段は僕らにとても良くしてくれていたのだ。
そのとき、僕は山口さんの口元にうっすら笑みが浮かぶのを見た。
あ゛~っ、馬鹿だった~・・。
僕は肝に銘じた。表だって他人の設計を批判する無かれ、と。
KBさんとはその後しばらくの間、ギクシャクした関係になってしまった。