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館長の気ままな日記

三河工芸ガラス美術館の館長(オーナー) " カズ " こと神谷一彦の勝手気ままな独り言です。

三河工芸の館長が書く日記です

土蔵崩壊

こんにちは。

 

我が家には明治初期に建てられた古い土蔵がある。

伊勢湾台風で棟続きの穀蔵が倒れ、この土蔵も東側の壁面が酷く損傷を受けた。

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その後祖父が崩れた東面を修繕したが僕が知る限りでは母の代で2度大掛かりな補修を行っている。

 

一度目の補修では東面はそれまでの鎧壁から美しい漆喰の白壁に作り替えられた。

その後漆喰が剥がれ始め、壁も崩れてきたので母がかなりの出費をして大掛かりな二度目の補修をした。それが現在の蔵である。

 

その蔵の東面に数年ほど前からひびが入り、上から潰されるように壁が膨らみ始めたのだ。

そして2か月ほど前から急速に壁が剥がれ始め、遂には壁の下半分が崩れてしまった。

 

慌てた僕は地元の大工さんに応急処置を依頼して修理見積りを取ることにしたのだ。

見れば白アリが入っていて、柱は芯を残すのみで周りはボロボロ。壁の下地となる木の胴縁は朽ちてペラペラの紙のような状態だ。だから壁は土壁だけで自立していたのだ。

大きな台風や地震の直撃が無くて幸いだった。

 

母に聞いた話だが、修理してくれたのは隣の碧南市にある蔵専門の大工だそうで、これでもう大丈夫だと言っていたのだ。

ところが崩れた場所を見て見ると、古い胴縁の上にそのまま新しい土壁を塗り、古い土壁が残っている所はそのまま上塗りをしていたのだ。

さらに悪いことは、下から腰高くらいまでコンクリートで覆ってしまった。そのためコンクリートの中へ雨水が入り込み、木が腐食、白アリの侵入を助長していたのだ。

これは手抜き工事と言わざるを得ない。

 

当時、一家の家計を支えていたのは母だった。朝早くから夜中まで働いて蔵の工事は任せっきりだったのだ。施主の目の届かないのをいいことに手抜きをしたのだ。

 

取りあえずは仮の柱で軒を持たせ、修繕までの時間を稼ぐ。 手前にも奥と同じような白壁があった。それが今回崩落してしまったのだ。

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軒の梁(正式名称は知りません)もアリで表面はスカスカ。

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柱のほぞが差してあった梁のほぞ穴。

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大工さんは壁をごっそり取り外してしまった。

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お宝など何もない蔵だが、先祖が建てた蔵だ。なんとか残してやりたいが見積りは如何に。

 

蔵は金食らいだ。