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館長の気ままな日記

三河工芸ガラス美術館の館長(オーナー) " カズ " こと神谷一彦の勝手気ままな独り言です。

三河工芸の館長が書く日記です

ニッポンの母ちゃんに逢いたい!で 泣いた

こんにちは。

 

きょうの夕食時、何気なくテレビを観ていたのだが、僕の嫌いなオンナ男のタレントばかりが出ているのであちこちチャンネルを変えた挙句、リモコンの中で端っこにあるテレビ愛知(テレビ東京系)に行きついた。

テレビ東京は「YOUは何しに日本へ?」とか、「世界ナゼそこに日本人?」といったとても企画の良い番組があって、ついつい観てしまう。

だけど何曜日の何時からというように番組を覚えるまでには至らないマイナーさがある。(我が家に限ってだが)

 

そんな中、きょうはたまたま「ニッポンの母ちゃんに逢いたい!」という番組を観た。

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初めて観る番組だった。番組の援助を得て、長い間会っていないお母さんとの再会を果たすという番組だ。

歌手志望の女の子で、小学校の時に突然出ていったフィリピン人の母親を訪ねて7年ぶりの再会を果たしたり、幼い頃、両親が離婚して父親に引き取られた娘が20年ぶりに母親を訪ねるといった内容で、僕もカミさんも涙が止まらなかった。

 

 

子供にとって両親が離婚、あるいは離れ離れになるということがいかに過酷なことかを考えさせられた。

 

僕とカミさんにはお陰で離婚の危機は一度もなかった。夫婦喧嘩はたまにはあったけど、夫婦仲はずっと良かったので娘も息子も優しくて素直な子に育ってくれた。

 

僕の両親はというと、夫婦仲はけっしていいとは言えず、飲んだくれで借金ばかりを作ったオヤジのために、母は何度踏切に飛び込もうとしたか分からない。

だけど母はひたすら耐えた。

こんなオヤジとは離婚しても構わないと思ったこともあったが、母は最期まで離婚せず、神谷家のために尽くした。

 

父は肝臓を壊し48歳で亡くなったが、母が離婚しないでくれたために、父は最後まで僕の父だった。誇れる父ではなかったが、他人になってしまうこともなく生涯僕の父のままでいてくれたことは嬉しい。

 

若い頃は憎いだけの父だったが、この歳になると父の寂しさが分かってくる。酒に逃げるに至った父の不運にも酌むべきものがあった。家族にさえ理解されない父の寂しさはいかばかりだったろう。

 

父の果たせなかった夢を僕が果たす。